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アイデアル・スタンプ・モンタージュ
ほぼ、毎日更新のブログ。世の中で最も難しいのは、自分が見て、感じて、考えたことを、他人に伝えること、だ。
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細川又三良
(ほそかわ・またさぶろう)
あのひとを想っては文章を書き、何気ない景色にシャッターを切り、四畳半では別の人間になって、小説を書いている。
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FREE ESSAY - 四畳半ダンディズム(8)
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080.『ある恋敵の死』
(05/13)
・
079.『お姫様抱っこファイナル』
(01/13)
・
078.『インハウス・ストーカー』
(12/12)
・
077.『チアリーダーとフォークデュオ』(後編)
(12/05)
・
076.『チアリーダーとフォークデュオ』(前編)
(12/04)
・
075.『若く美しい娘は白濁で汚せ』
(12/01)
・
074.『別れ言葉の空気感』
(11/28)
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アイデアル・スタンプ・モンタージュ
[ideal stamp's montage]
掲載記事は基本的にフィクションです。実在の人物、団体、事件など一切関係はありません。なお、文章には校正が入っておりません。誤字脱字などのご指摘、ご感想などはメールにてお送りください。
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text by HOSOKAWA Matasaburo | 文=細川又三良
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2009.05.13 Wed
FREE ESSAY - 四畳半ダンディズム
080.『ある恋敵の死』
text by HOSOKAWA Matasaburo | 文=細川又三良
休日であるはずなのに、どこか慌ただしいゴールデンウィークも終わりを迎え、一本化したこのブログのデザインを整えている時――机の上に置いてある携帯電話が震えた。
ひょいと端末の背にあるサブウィンドウを覗くと、珍しく、また懐かしい名前が表示されていた。
時刻はすでに午前様を超えて、月曜日になっていた。
真夜中に突然の着信、古い知り合いの名前――とっさにイヤな予感が胸を過ぎった。
「もしもし……」と電話に出る。
わずかに息を吸い込む音が聞こえて、相手の名前が告げられたところで、悪い予感が当たったことを知った。
彼女は学生時代、一つ上の先輩だった。
懐かしい声で知らされたのは――ある男の先輩の死だった。
「えっ、なんで?」
数年前に会った時も、とても元気だったし、精神的に病んでるようには見えず、結婚もして子どもも産まれて、死の匂いなどまったく感じなかった。
詳細は不明だが、彼が亡くなった理由は交通事故だった。
ああ、だったら、納得できるよな、とそんな場違いな感想を抱いてしまう。
いや、ただ、現実味が無かった。
しょっちゅう会っていたわけではないし、そんなに親しい間柄ではなかった。
でも、彼という存在は、僕の中に確固たる領域を占めていたわけで、それが無くなりました、といきなり言われても対応できるはずが、ない。
電話を切って、しばらく経っても、やはり何の感情も湧いてこなかった。
目をつぶって想像力を働かせると、彼自身が亡くなったことよりも、残った遺族の悲しみに胸が痛んだ。
ふと、手を伸ばして本棚にある年賀状ホルダーを取る。
ページをめくって彼の姿を探す。
観光地だろうか、海を背景に三人の家族の姿が写っている。
あの頃よりもやや横幅が増えた彼の隣には、ふくよかな丸顔が人の良さを表している奥さん、そして、その間には腕白そうな男の子がキャンディをくわえながらピースをしている。
今、この瞬間、残された二人はどんな想いでいるのだろうか。
彼とのことで真っ先に思い出すのは、ある一時期、恋敵という関係にあったことだった。
好きになった女性は、くしくも先ほど彼の死を伝えた女の先輩だった。
同じサークルで、彼と僕は、同時期に彼女を好きになっていた。
強く記憶に残ってるエピソードは、ある日サークルの部室に行くと、彼が野球部が使っていた金属バットを使って、力任せに周りにあるものを殴っていたこと。
彼は僕を見つけると、なに、ヘラヘラ笑ってんだ、と悪たれをついて絡んできた。
普段はとても気のいい先輩だったのに、その時は人が変わったようにイヤな人になっていた。
あとになって人づてに聞くと、前日に、彼女に告白されて振られていたとのこと、それで僕を含めて周りのものに当たり散らしていたのだ。
ははは、と独りでに笑いがこみ上げてくる。
恋敵とは言っても、先輩と後輩という関係上、彼とは彼女について話し合ったことはなく、感情を剥き出しにして奪い合うこともなかった。
直接的に関わったのは、そのエピソードだけだった。
その後、僕も告白したもののあっけなく彼女に振られ、彼女は別の先輩と付き合った。
そして、大学を卒業すると、彼はサークルで関わり合いのあった短大の子と恋仲になって、そのまま結婚することになった。
最後に会ったのは、サークルの連中の結婚式だったと思う。
同じテーブルで彼はもちろん、彼女もいて、僕たちはあの頃の仲間たちに戻って、何のわだかまりもなく思い出話に花を咲かせていた。
これを書いていても、未だに哀しみは湧いてこない。
彼の死は、きっと、このままロウソクのようにいつの間にか冷えて固まって、僕の心の一部に存在し続けることになるのだろう。
ブログを再開するにあたり、もう一度、ここに文章を書く理由を考える。
記録として日々を綴るのではなく、誰かに自分をよく知ってもらおうとするでもなく、小説を書く練習にするわけでもない――その理由。
しかし、簡単でわかりやすい結論はあえて出さない。
そう、答えを見つけるために、これからも書いていくのだ。
(了)
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(2009/05/13(水) 03:51)
2009.01.13 Tue
FREE ESSAY - 四畳半ダンディズム
079.『お姫様抱っこファイナル』
text by HOSOKAWA Matasaburo | 文=細川又三良
幼い頃、一年なんて、とてつもなく長いはずだったのに、大人になれば、あっという間に過ぎ去る時間なのを知る。
実感として、わかったのが、今年のゴールデンウィークだった。
ふと、時間が空いて、退屈しのぎに書店にでも行こうとすると、わたしも行っていい? と彼女が上体を起こし、暇つぶしのつもりが、若干、金のかかる書店デートに変わった。
「いいの、ホントに?」
「この前、約束しただろ、何でもいいよ」
「マンガでも?」
「んー、まあ、何でもいいよ」
彼女はぷっくらと膨らんだ頬を緩ませて、嬉しそうにうなずいた。目鼻立ちのバランスは六年前とちっとも変わらなく見えて、少し縦長になっているのに気付く。
彼女の後ろをこそっと付いていって、何を読んでいるのか探る。
立ち止まったのは、いわゆるライトノベルの書棚だった。この書店は地方では中ぐらいの店舗になるのだが、中高生の割合が多いのかライトノベルが非常に大きく取り扱われていた。
「へー、小説なんて読むんだね」
僕の頭にあったのは、彼女が小学生の頃、夏休みの読書感想文で、書けないと泣いているあの顔だった。
お義姉さんに頼まれて、手伝うことになったのだが、とりあえず鉛筆を持つ前に、いろいろとインタビューしても、本のあらすじさえもおぼつかないほど読書が嫌いだったはずなのに――。
「読んでるよ、だって、わたし、読書感想文で賞をもらったんだよ」
「えっ、うそ」
あれからもマンガばっかり読んで、てっきり文字ばかりの本なんて読まないと思っていた。
「マジで? それ読ませてよ」
「ヤダよ、絶対ヤダ」
完全なる拒絶、まあ、そう言うだろうな、と思う。
目の前には色とりどりの派手なパッケージに包んだ文庫本が並ぶ。ライトノベルなんて、有川浩の作品か、超有名な『涼宮ハルヒ』ぐらいしか知らない。
「どれ読んでるの?」
横から彼女に声を掛けると、彼女は本を一冊手に取って、僕に見せた。
「へえ、『彩雲国物語』かあ……NHKでやってなかったっけ?」
「うん、アニメも観てるよ」
ふと、少し前に偶然観たNHKのアニメ特番を思い出す。
「あ、なんだっけ、他に『今日からマ王』とかは?」
「それ知らない」
「うっ、そっちは知らないのかよ。じゃあ、ハルヒは?」
彼女から中学生が読む小説のレクチャーを受ける。
どうやら、例のハルヒは売れているけど男子向けなのか、彼女は知らなかった。
それから彼女が教えてくれた作品をペラペラ捲ってみる。恋愛小説らしく、運命の人との出逢い、初デート、初キス、初体験、と順序よく描かれている。
そう、少女の多くはまずはフィクションで恋愛を知るのだ。
その瞬間、僕もまた疑似で体験する。
そう、リアルすぎる父親の気分シミュレーション。
ほんの2年前まで、一緒にお風呂に入ったこともあったのに、今はもうそんなことはできない。
心はともかく、彼女の身体はすでに女になっている。
僕が見かけたのは、膨らみかけの小さな胸、ポッコリと出たお腹、つるんとした脚で、そのどれも、あと数年の間に、膨らんで、凹んで、すらりと伸びることになるだろう。
そして、現実の誰かに恋をして、その彼と……。
はあ、と彼女から離れて、溜め息をつく。
一緒に生活していないだけ、彼女の成長が加速度的に感じて、無邪気に遊んでいた少女時代が永遠に過ぎ去ってしまったことを悲しんだ。
「ねえー」
「ん?」
「何冊いいかな?」
彼女の手を見ると、両手に一冊ずつ持っていた。
「何冊欲しいの?」
「ん、この二冊、三冊ぐらい?」
成長著しい姪のためだ、自分のお小遣いが減るのは我慢しよう。
「それシリーズでしょ、どうせなら、全部買おうよ」
え、いいのー、とはしゃぐ彼女。何かしてあげたいと思っても、何も出来なくなる歳は近づいている。このぐらいのことなら、おやすいご用だ。
短い休みを終えて、僕は東京へ、彼女は自分の家に戻ることになる。
車で出掛ける前に、仏壇に眠るおじいちゃんに挨拶をした後、パソコンを使っていた僕に、彼女が背中からそっと忍び寄る。
「もう、帰るよ」
「おお、そうか、元気でな」
慌てて、顔を上げて彼女の顔を見る。
「うん、あ、本、アリガト」
「全部読んだら、感想聞かせてね」
ええー、と嫌な顔。ざまあみろ。
ふと、黙った彼女の顔を見る。
その表情を見た瞬間、記憶がフラッシュバックした。
幼稚園の頃から、彼女と別れる際にはお姫様抱っこをして、ぐるぐると回していたんだった。それを止めたのは、最近のこと、去年からだった。
理由は上に述べたとおり、大人の身体になった以上、親でも触るのは憚られるだろうし、その親だって昔みたいに微笑ましい顔で見ていられない。
「もう、お姫様抱っこしてくれないの?」
と――まあ、僕の配慮なんて、まだ中一じゃわかんないよな。
でも、花より団子でご飯ももりもり食べてるし、スカートなのにおもっきりWiiで遊んでるし、小学生の弟たちとケンカしたり、まだまだ子ども部分もたっぷりと残っていて、少しだけホッとしたのも事実。
「ええー、だって、メグって重くなったじゃん」
思春期の少女じゃなくても女性に体重を聞くのはタブーだ。目を吊り上がらせて怒る。
「そんなに重くなってないよー」
「この次、ちゃんとダイエットしたらね」
「ええー、いいじゃんかー、ねえ、お願いだから」
そこまで言うなら、してやりたくなる。
昔、突然、彼女に抱きつかれて腰を痛めた経験から、ちゃんと腰に力を入れてから、
「じゃ、少しだけしてやるよ」
と、両手を広げてカモンカモンと指を動かす。
あはは、わーい、と身を任せる彼女。首の後ろとひざの裏をしっかりと持って、ホイッと抱き上げる。彼女の両手が僕の首に巻き付く。
成長した姪っ子は想像以上に重く、ずしりと両肩に体重を感じた。
たぶん、明日は筋肉痛になるだろう、でも、いいのだ。
誰もいない、奥の部屋で、今までよりも長い時間、彼女を抱きながら、くるくるとその場を踊る。
心ゆくまで、彼女が満足するまで。
きっと、これがお姫様抱っこファイナルだ。
彼氏を見つける条件に、難なく自分を持ち上げる男を選べばいいよ。
(了)
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(2009/01/13(火) 03:40)
2008.12.12 Fri
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078.『インハウス・ストーカー』
text by HOSOKAWA Matasaburo | 文=細川又三良
今、この瞬間、彼女のセカイには僕はいない。
そう思うと、楽しくて堪らなかった。だから、今でも止められないでいる。
僕が存在しないセカイにいる君は――どんな横顔で、どんな声でしゃべって、どんな態度で人と接しているか、君はきっと知らない。
僕に見せる君と、僕が見えない君。
どちらも本物で、どちらかが偽物。
似ている人を見るように、他人だった頃の君を思い出す。
きっかけは些細なことだった。
誰もが、大切な人を失ってしまえば、視界からさった途端に不安に襲われてしまうだろう。
僕もそうだった。
だから、ふと、目を離した隙に彼女がいなくなってしまうのではないかと思って、別れ際、手を振って、さようならをした直後に、僕は雑踏に身を隠して彼女を尾行した。
奇妙な感覚だった。
ホームで電車を待つ君、僕が貸した本を読む君、駅前のコンビニでアイスを買う君……どれも、君であって、僕の彼女ではないような気がした。
幾度となく、誘惑に駆られた。
「おいっ――」
そう呼べば、きっと、君はふり向いて、少しの戸惑いのあと、満面の笑みを浮かべるだろう。
でも、僕はそうしなかった。
ただ、遠くで君を見ていたかった。
見守りたい、というよりも、見届けたい。
この気持ち、懐かしい何かに似ていると、帰りの電車、ガラガラに空いた車両で一人考えている。一駅過ぎて、ああ、と納得した。
片想い――きっと、そんな感じところだ。
君の知らないところで、きゅっと胸を痛めている人間がいる。
危険性にはあとで気づいた。
もし、彼女が他の男と待ち合わせをしていたとしたら。
僕はどんな態度を取るのだろうか。
おい、なにやってんだ、そいつは誰だ、オレは知ってるんだぞ、誤魔化しても無駄だ――なんてことは、もちろん一切言わないに違いない。
黙って、僕のいないセカイの君を観察するだけだ。
一緒にいるときと同じ笑顔を見たら、それ以降、君のセカイに永遠に背を向けることになるだろう。
離れている時だけとは限らない。
君が隣にいる様々なシチュエーションで、僕は知らない欠片を拾っている。
何気ない一言、さり気ない視線、何でもない仕草。
抽象画のパズルを組み立てるように、ピースを集めて見つける。
「えっ、なんで、そんなこと知ってるの?」
ふははは、君が好きなアイスがクッキー&クリームだってこと、食べる前から知っているのさ。
と、ここまで書いて、なんて彼女想いの良い人なの、と感激する人もいるだろう。でも、それは言葉巧みな又三良マジック。
よく考えてみるべきだ。していることは、忌み嫌われるストーカーと何ら変わりがないことを。
インハウスストーカー。
ただ一つ、違うのは、人に愛された記憶があるか、ないかだ。
(了)
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(2008/12/12(金) 18:39)
2008.12.05 Fri
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077.『チアリーダーとフォークデュオ』(後編)
text by HOSOKAWA Matasaburo | 文=細川又三良
(前編)
今でも鮮明に記憶に残っているのは、彼女がコートを脱いだ時の軽い衝撃だった。
その一瞬、僕はぽかんと彼女の姿を見つめていた。
木枯らしが吹き荒ぶ年末の東京。
以前に勤めていた会社の先輩が音頭を取って開いた同業者の忘年会。若手の社員が集まるということで、業界の内情を知る意味で参加したのだが、予期せぬ彼女の登場で当初の目的はスパッと忘れ去ってしまった。
三十分ほど遅れてきた彼女は、先輩に挨拶をした後、厚手のコートを脱いだ。
黒いノースリーブとすべやかな白い肌、そして、細くくびれたウエストが、僕を完全にノックアウトさせた。
ちょうど僕の隣の席が空いていて、僕は彼女を手招きして、チャンスをモノにした。
どことなくそのシチュエーションに似ていると思った。
「で、何話したりしたの?」
チャカチャカとリモコンのボタンを押しながら、さり気なく彼女に聞く。
「んへっ?」
ベッドの中、彼女は会社帰りに立ち寄った書店で買ってきた文庫本を読んでいた。僕は観る気もないのにテレビのチャンネルを深夜枠のバラエティ番組に合わせた。
「……だからさ、フォークデュオのギターと」
意味がわかってない彼女に、言いたくない補足を付け加える。ああうん、と彼女は軽くうなずいて答えた。
「そんなこと、もう憶えてないよ。なんだっけなー、ツアーはどこに行ってたんですか、とか、新しいアルバム良いですよね、とか……」
「つまんねえ会話」
「だって、いざ、有名人と面と向かっても話す事なんてないよ。向こうもプライベートなんだし、あんまり根掘り葉掘り聞いても悪いじゃん」
そりゃ、まあ、そうかもしれないけど――僕の聞きたい事は、そんなことじゃない。
重なる手と絡み合う指。
男の力で激しく突き動かされて、しなやかに曲がるウエストのライン。
さっきから、ずっと、セックスの時の彼女の身体が頭から離れない。
僕と彼女は出逢ったその日に身体を重ねた。
まさか、そんな風になってすぐに付き合うとは、その時の僕はまさしく夢を見ているような気分だった。
大して会話が盛り上がらなかったみたいなのに、どうして、手と指が綺麗なんて褒められたのだろう。ウェストのラインがとてもいい、なんて、どんな経緯でそんな会話になったのか知りたかった。
「誘われなかったの?」
「へ?」
「だから、そいつに、夜、ホテルの部屋に来ないかって?」
ページから目を離して、じっと真正面から僕の顔を見つめる。返事を待っていると、くっくっく、と笑い出した。
「……ヤキモチ妬いてるんだ」
そう言って、緩む口元を噛み殺すように開いた本で鼻と口を隠した。彼女の言う通りだが、素直にうなずくわけにはいかなかった。
「いや、純粋な疑問だよ。もし、有名人に誘われたら付いていくのかなって?」
「たぶん、熱心なファンだったらついてっちゃうね」
「ホテルの部屋だよ? 仲良くトランプして、はい、さようなら、ってわけにはいかないのはわかってるでしょ」
「もちろん、覚悟しなきゃ行かないよ」
「へええ、何百人いる女の一人かも知れないのに?」
「それよりも何万人いるうちの一人に選ばれたって思うかも」
なるほどね、と口の中で呟く。
この答えだけでもう充分だった。彼女はフォークデュオのファンだったし、誘われたら選ばれたと喜んでついていくのだ。かなりの確率で、アイツに抱かれたのだろう、と思う。サラッと白状できるのは、きっと、過去の想い出として整理されているからに違いない。
これ以上、追及しても仕方がない。
白黒はっきりさせたところで、過去のことだ。今さらどうにかなるわけではないし、そもそも、僕と出逢う前の話なのだから。
「じゃあ、逆に問う!」
その時、唐突に、彼女が口を開いた。
「んっ?」
「君に問う!」
下手な舞台劇を見ているようで、あっけに取られてしまう。
「なんだ――その口調は?」
「もしも、私がその人に誘われて抱かれたとしたら、悲しい? 嬉しい? それとも、どうでもいい?」
二番目の選択肢はおかしくないか、とすぐに問い返す。
「嬉しいだなんて、ちょっと変じゃないか?」
「そお? 私、ホントに才能にある男にしか抱かれないから」
そう言えば、そのフォークデュオは作詞作曲のほとんどすべてをギターの男が担当していると聞いたことがあった。ボーカルの太く伸びのある声も特徴だけど、やはり、ギターの男の才能がなかったら、ここまで売れることは無かったはずだ。
「そんなことはまったく関係ない」
だからと言って、そいつと並び称されても嬉しいはずがない。
「では、悲しい、ってこと?」
「うーん、出逢う前のことだしね、悲しいとも違う」
虚しいだけだ、と続く言葉は声にしなかった。
「じゃあ、どうでもいい、ってことだよね?」
「あー、そうだね。終わったことだし、どうでもいいよ」
釈然としない気持ちを胸に抱えたまま、そう答える。
「そう、よかった。私も同じ気持ち。だから、もう、この話は終わり、ね」
彼女は涼しい顔で言ってのけて、再び、本の世界に戻っていく――と僕は立ち上がって、ベッドに歩み寄り、読んでいた文庫本を奪って壁に叩き付けた。
そして、彼女の上に跨って、強引に服をまくりあげた。
すべてが終わって、二人でシャワーを浴びる。
手に石鹸をつけて、擦り合わせるように泡立ててから、さっきまで顔を埋めていた二つの乳房を洗う。くすぐったそうに、身をよじらせる彼女。
もう、誰にも触れさせたくないな、と胸から腰に手のひらを滑らせていく。
「もしかして、まだ気にしてるの?」
シャワーから流れる温水の温度を手で確かめながら、僕に聞いてくる。
「そうじゃなくて……いや……なんて言うか」
「言ったじゃん、彼はピュアな人だって」
純粋だから何なのだ――ピュアだからこそ、己の欲求に素直に従う場合もあるだろうし、何よりも、彼女の言葉に含まれる彼を庇うニュアンスが腹立たしかった。
突然、目の前の視界が遮られて、ヒャッと全身の肌が震え上がる。
シャワーの冷水が僕に向けて浴びせられていた。
(了)
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(2008/12/05(金) 02:50)
2008.12.04 Thu
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076.『チアリーダーとフォークデュオ』(前編)
text by HOSOKAWA Matasaburo | 文=細川又三良
金曜の夜、独り暮らしをしている彼女の部屋に遊びに行く。
夕食を済ませた後に、ソファに座ってテレビを観ていると、洗い物を済ませて隣に座った彼女が口を開いた。
「あっ、この人、知ってる」
友人に譲ってもらったという古い十四インチのトリニトロン管の画面に映し出されたのは、人気フォークデュオの二人だった。一時期よりは落ち着いていたけれど、最近ベスト盤を発売して人気が再沸騰していた。
このぐらい有名なアーティストだったら、僕だって知っている。
「歌詞の評価がすごい高いみたいだけど、なんか、ちょっとベタベタに甘い感じがするよね」
けれども彼女は安易に同意しなかった。
「そっかな、素直な感じがまっすぐに出てていいけどな」
「えええ、素直って言うか、青臭く感じない?」
ずずずず、と入れたてのお茶を飲んでから、彼女はそれが結論のように言う。
「わたしはいいと思うから」
そう言われたら、返す言葉はあまり多くない。
「そう? まあ、個人の考えはそれぞれだしね」
「彼はとてもピュアな人だから」
そのタイミングで画面に映った男は、抱えたギターを派手にかき鳴らして、ボーカルの声に合わせてハーモニーを奏でていた。
「ピュアねえ……まあ、本人に会ったことのない一般視聴者はそう思うよな」
「でも、わたし逢ったことあるし」
「は?」
さらりと言うその口調に、ウソだとは思えない説得力があった。
「さっき言ったじゃん、わたし、この人知ってるって」
「あの、会うってさ、街で見かけたとか、イベントで握手したとか、そういうのはノーカウントだよ」
うん、と彼女のうなずきには迷いも狂いも戸惑いも一切なかった。
「大学でチアやってた時に、部長だった子から連絡があって、呼ばれていったら、そこにその彼がいたの」
大学時代、彼女がチアリーダーをやっていたことは聞いたことがあった。なぜか、当時の写真は一度も見たことがなかった。
「へええ、芸能人との合コンだから、ノコノコとついていったんだ」
「うん、そう」
あっさりとミーハーなことを認める。
珍しいことと思いきや、結構、タレントや芸人やスポーツ選手たちと合コンした女の子はいる。ケッ、そんなものに尻尾振りやがって、と思うけど、いざ、自分が彼女たちの立場だったら、とりあえず、行くに違いない――でも、それは置いといて。
「ちょっと遅刻したら、ちょうど席替えタイムでさ、彼の隣になったの」
「ほおー、面白いやつだった?」
「んー、普通かな、でも無口だったかも」
数年前の、僕と知り合う前の出来事を気にするなんてバカバカしいのはわかっている。でも、心よりも体が先に反応してしまう。
さっきから、胸の辺りが穏やかではなくなっていた。
「口説かれた?」
「指とか手が綺麗だねって褒められた」
「しらじらしいな」
「あと、ウエストのラインがとてもいいって」
ウエスト? って腰のくびれのことだろ、どうしてそんなところを褒めるんだよ、まさか――と、もはや立ち上がりそうな勢いで、僕は過去に、そして、ブラウン管の中の男に嫉妬を感じていた。
(
つづく
)
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(2008/12/04(木) 04:12)
2008.12.01 Mon
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075.『若く美しい娘は白濁で汚せ』
text by HOSOKAWA Matasaburo | 文=細川又三良
すれ違う男たちが思わず視線を向けてしまうぐらい若く美しい娘と肩を並べて歩いているのに、なぜか、僕は不機嫌だった。
嫌なことがあったわけでもないし、ケンカをしたわけでもない――ただ、彼女が口にした言葉が神経に障っただけだ。
「だってさぁ、モテたって、良いことなんてあんまないじゃん」
シャワーを浴びたあと、彼女はバスローブに身を包んで濡れた髪をバスタオルに当てて、水分を染み込ませていた。
「はぁ、なんで?」
語尾がやや投げやりっぽいのは、シャワーは済んだ後にしろ、という僕の言いつけを守らなかったからだ。
「告白とかさ、面倒じゃない?」
気持ちを伝える儀式なのだから、そういう扱いはないだろう、と思う。しかも、髪まで洗っている。長く艶のある黒髪は彼女のチャームポイントの一つではあるけれど、渇かすのに時間が掛かるし、途中、身体に触れると冷たくて仕方がない。
「ふうん、最近、何かあったんだ?」
ドレッサーに映る自分の顔を見て、唇を突き出して指で触れている。
その横顔をじっと見つめる。
ぶつ切りの眉毛に一回り小さな目、うっすらと吹き出物の跡が見える頬。いつも見る彼女の顔とは違っているようで、しかし、スッピンの方が逆に顔の造形をより美しく際ださせているように思えた。
僕の視線に気付いて、こっちを見て嬉しそうに微笑んでみせる。
それが本当の素顔なのか、信じることしか今の僕には出来ない。
「うん、告られた」
「誰に?」
「ゼミの後輩くん」
「へえ、今度は年下なんだ?」
「うん、まいった」
「まいったって、なんだよ」
そのままの顔で愛し合えばいいのに、彼女はポーチを開けてガチャガチャとメイク道具を手で探す。
「危ないかなって思ってたんだよね。だから、ここんとこ無視してたのに」
「はは、若さゆえに、逆効果だったのかもね」
お目当てのものが見つからなかったのか、ポーチを置いてバッグに手を伸ばす。
「でも、今回ははっきりと付き合ってる人がいるからって言えたから、楽だった」
付き合ってる人とは、ここにいる僕のことだ。
自分の彼女がモテることについて、世間一般の男は優越感を持つものだろうか。
いや、まあ、悪い気はしない。
誰かが、恋い焦がれて、触れたいのに触れられない対象に、僕は手を伸ばせば触れる位置にいるのだ。
立ち上がってイスに座る彼女の後ろに立つ。そっと、後ろからバスローブの中に右手を入れる。しっとりと温かく柔らかい肉の感触。指の先で可愛い乳首を挟んで、わずかに力を込める。
「告白されたの何回目だっけ?」
「んっと、今年は五回目かな」
「バカだな」
「へっ?」
「や、だから、周りにいる奴ら。他の人間が振られてるんだから、告白なんてしなきゃいいのに」
ほんとほんと、と彼女もつられて笑う。
男を惹きつけるのは、やはり、ルックスなんだろうけど、彼女の魅力はそれだけではなかった。
誰にでも気さくに話し掛けるところや、飾らずに自分の思ってることを口にすることや、さり気ない甘え上手など――きっと告白を決めた誰もが、自分は他の人間とは違う扱いを受けていると思っていたことだろう。
「傷付けずに振るのって、大変なんだから」
「そんなの正直に言うしかないだろ?」
「そうなんだけど、言い方には気を付けないとね。いろいろ考えちゃうよ」
「いや、回りくどい言い方よりも、ズバッと言ってくれた方がいいよ」
はぁ、と彼女の溜め息が聞こえる。
すでにバスローブはだらしなくはだけていて、彼女の小振りな乳房が露わになって、正面の鏡に映り込んでいる。
「男の人はそう言うよね」
「はっきりとした結論が欲しいんだよ」
「でもね、本当にはっきり言っちゃうと、絶対に恨まれるから、言わない方がいいんだよ」
過去に何度か嫌な目に遭ったらしい。
告白を断っても、これからも良い友達でいよう、と言われたのに、翌日から露骨に無視されたり、あるいは変な噂を流されたり、ゼミで意地悪な質問をしてきた先輩もいたらしい。
「確かに……そうかもな」
身に覚えはないこともなかった。振り返れば学生時代、交際を断られた女の子に対して、僕も同じようなことをしたような気がする。しかし、それは相手に対しての復讐の気持ちよりも、ただ、顔を合わせるのが辛いから、無視するしか無かったんだと思う。
「でしょ、だから、一番なのは、この人ちょっと危ないかなって思ったら、距離を取って告らせないこと」
「それもきついな」
「でも、そうやった方が絶対に傷付かないから」
「危ないってどうやってわかるんだよ」
「CDとか」
「はあ?」
「だから、本とかCDを勝手に貸してくれたりしたら要注意。あれって、聴く前に感想を聞かれたりして、困るんだよね」
なぜか、左胸に鈍い痛みが蘇る。
今、こうやって彼女と一緒に居られるのは、出逢った時間や場所のタイミングがそうさせてるだけで、もしも、別の次元ならば、僕も彼らと同類だったのかもしれない。
そう、CDや本を貸したりして、彼女の気を惹こうとしてたのは、紛れもなくもう一人の僕でもあったはずだ。
キスもしないまま、強引に腕を引っ張ってベッドに転がす。
強引な展開に戸惑っている彼女、股の辺りを恥ずかしそうに手で隠している。
彼女は口と舌で愛撫されることを極端に嫌がっていた。抱かれる前にシャワーを浴びるのも、きっと、そのせいだろう。
力ずくで彼女の手を排除して、女性器に舌を伸ばす。
先で小さく尖った部分を集中的に舐め回す。やだっ、はっ、んやん、くっ、と湿度を帯びた言葉が次第に吐息が溶け合っていく。
充分に濡れたところで彼女を四つん這いにさせる。ちょうど、鏡に映るようにお尻を向けさせて、びらびらを広げたり、中指を立てて出し入れしたり、お尻の穴に愛液を塗り込んだりした。
鏡を見ながら弄ってることを伝えると、彼女は首を振りながら悲鳴のような嬌声を上げた。
挿入はそのまま後ろから、ペニスの先端をあてがった。
自分で入れる位置を調整しろよ、と平手で彼女のお尻を叩く。パチンと乾いた音が小気味よく部屋に響く。
上手く腰の位置が合わせられないみたいで、もう一度、平手で叩く。
まるで尻文字を描くように、お尻を回してペニスをねじ入れる彼女。さらに積極的に奉仕させようと、再び、丸いお尻をぶつ。
異様とも言える精神の高揚が、いつもよりも早く頂点に導いていく。
「――ね、もう出してもいい?」
いやっああん、と、どっちとも取れぬ返事が聞こえる。どう答えても彼女には選択肢はない。出すべきところは最初から決めていた。
本能が赴くまま激しく腰を動かして、達する一歩手前で理性を働かせて、いきり立ったペニスを引き抜く。それを左手でしごきながら、彼女の身体を仰向けにさせて、その美しく整った顔に向けて精液をぶちまけた。
ピュッと白濁した線が頬から額にかけて走り、あとはどろりとした粘度の高い液が彼女の唇に降り注いだ。
二人、シャワーを浴びて、食事でもしようと着替える。
不思議と彼女はご機嫌の様子で、鼻歌交じりにメイクをして、ホテルを出るときもスキップをするような軽い足取りだった。
左胸のうずきはいつの間にか無くなっていたが、なぜか、不愉快の気持ちだけが消えずに残っていた。
大丈夫? と彼女は僕の顔を覗き込んできたが、歩道の段差につまずいてアスファルトの道路に転けそうになった。
(了)
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(2008/12/01(月) 06:15)
2008.11.28 Fri
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074.『別れ言葉の空気感』
text by HOSOKAWA Matasaburo | 文=細川又三良
お互いに貸し借りした本を返すために、再び、新宿の街で待ち合わせる。
季節は出逢った初夏の頃から半年ほどが過ぎて、街を歩く人の服装も暖色系のトーンに移り変わっていた。
約束の場所は初めて会った時に入った喫茶店だった。
近くの書店で時間を潰して、ぴったりの時間に行ったのに、彼女は約束の時間から十五分も遅れて店に入ってきた。
「なに、読んでるの?」
僕は黙ったまま、本の背表紙を見せた。
彼女は力の抜けた笑顔で、ふっと息を吐いた。
「やっぱり、合わないんだね、わたしたち。その作家、商業主義の匂いがするから嫌い」
いかにも彼女らしい言い方で、つられて僕も口元を緩めてしまう。
行き着くところまで感情をぶつけ合うと、怒りの許容度も大きくなってしまうのだろうか。滅多なことでは腹が立たなくなっていた。
本を交換したら、さっさと帰ればいいのに、彼女は向かいの席に座ってキャラメルホットココアをオーダーした。
彼女との出逢いはネットだった。
当時、便利なブログやミクシィみたいなものはなく、ある日、彼女の個人ホームページを見たことがきっかけとなって知り合うことになった。
最初に好意を抱いたのは、彼女が書いた日記だった。
自分の気持ちを変に誤魔化すことなく、赤裸々に描いているところが面白くて、その日のうちに過去ログをすべて読んで、感想がてら掲示板に書き込みしたことから二人の関係は始まった。
メールをやり取りするうちに、どちらからともなく会おうと言い出して、新宿東口のアルタ前で待ち合わせをすることになった。
ホームページやメールの文面から、どことなく地味目な女性を想像していたが、実際に会った彼女は、大きな丸い瞳が印象的で、あと、目のやり場が困るほど豊かなバストの持ち主だった。
騒がしい都会の雑踏を僕の耳から掻き消したのは、携帯電話を耳に当てながら、僕に向けて手を振ってくれた笑顔だった。
「前から思っていたんだけど、あなたの書くもの、わたし、全部ダメだったの」
両手で包み込むようにカップを持って、一口飲んだあと、彼女は呟くようにそう言った。
「わたしはね、幼い頃から、読むこと書くことに――うん、なみなみならぬ熱意を抱いてきたわ。だから、認める小説はガルシア・マルケスのように何年も読み継がれるものなの」
本を開いたまま、彼女の言葉に耳を傾ける。
「あなたの作品は書いた人間が独りだけ喜んでる印象があった。例えの表現でも、くさいって言えばいいのか、使い古された安易な感じを良く受けたし、そうじゃない場合は、わかりにくくて腑に落ちない表現ばかり」
どうして別れ際にそんなことを言うのか、彼女の意図がまるで見えなかった。
「なにより、行間を読ませる空気感が欠落してるように思えるの」
口を開いてしまえば、嫌みっぽく文句を返してしまいそうで、ぐっと押し黙った。
「でもね、これはわたしだけの意見じゃなくって、信頼できる知り合いと話した上で言っています」
今までも楽しそうに話す彼女の会話の中に、うっすらとその人物の存在を感じていた。きっと、今、彼女が心を寄せる人なのだろう。
「その人にもあなたの作品を読ませたけど、わたしと同じ感想を言ってました」
確か、同じ大学の先輩で、付属の高校時代から憧れの人だったはずだ。
「彼は読書家で、前に同人誌の編集にも携わっていました。わたしの作品も読ませてるけど、毎回、厳しい批評を受けています。デビューを目標に置いて見てもらってるから、どうしてもレベル以下の作品を読むと許せなくなるの」
話が終わる頃には、すでにカップの中のコーヒーも冷め切って、店内の客の顔も入ってきた頃とはガラリと替わっていた。
彼女はココアを飲み干すと、スッと席を立った。
「そろそろ行くね」
「ああ」
出口に足を向けようとして、ぴたりと彼女の動きが止まる。
「でも、ね、わたしはあなたの書くもの、良い悪いは別として、何か、引っ掛かってたのはあったよ」
別れ際、付け足しのようなフォローに苦笑いするしかなかった。
「そりゃ、どうも」
結局、本に視線を落としてから、一度も彼女の顔を見ることはなかった。
「……ま、いいや。じゃ、さようなら」
コツコツとブーツの硬い靴音が遠ざかっていく中、これが最後なんだ、と思うと、いてもたってもいられなくて、とっさに顔を上げた。黒いコートの後ろ姿はちょうど店のドアに手を掛けたところだった。
振り向け、と思わず願ってしまったのは、きっと僕の弱さなのだろう。
それから数年が経って、このサイトをオープンさせた時、設置していた掲示板に一つの書き込みがあった。
通りすぎの名無しさんだったが、誰が書いたのか一目でわかった。
「『四畳半ダンディズム』面白かったよ、何よりもタイトルが良いね。
わたしの目指してる方向とは違うけど、あなたの伝えたいことがなんとなくわかった。
空気感、ちょっとだけ、感じました。」
それから数年が経った今でも、文章を書いていると、ふと、彼女の言葉を思い出す時がある。
行間を読ませる空気感――。
それを漂わせる文章を書いているのだろうか、と。
あれからも試行錯誤を繰り返している。きっと、これからもずっと工夫を続けていくことになるだろう。
彼女の方は、例の彼に見せて絶対に行けると太鼓判を押されていた自信作をある賞に応募したらしいが、一次選考に彼女の名前は掲載されていなかった。
そして、ホームページの更新も止まるようになり、いつの間にかNot foundになってしまっていた。
今でも小説家を目指して書き続けているのかどうかは、もう知る術がない。
僕はまだここで書き続けている。
(了)
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(2008/11/28(金) 00:46)
2001.10.01 Mon
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000.『プロローグ』
text by HOSOKAWA Matasaburo | 文=細川又三良
――プロローグ。
「ねえ、小説を書くってどういうことなの?」
プリントアウトされた原稿を捲りながら、彼女が訊いてくる。
わかりやすく彼女に伝わるように、ゆっくりと言葉を選びながら話す。
「ええっと……小説を書くことは、世の中には目には見えないんだけど、確かに存在する何かがあって、それを自分なりのナイフで切り取り、なるべく誰にでもわかるような形に削って、人に見せる行為だと思うんだ……僕はね」
彼女はうんうんとうなずいて、わかった風な口ぶりで、
「ふうん、なるほどね」
と呟いた。
きっと、彼女は僕の言葉をちゃんと理解していないのだろう。そう、何もわかってないからこそ、突然、僕の小説を読みたいと言い出したんだ。
「いいから、先を読んでみてよ」
あごの先で原稿を指す。
「そうね、しょせん、小説なんて読まなきゃわかんないしね」
再び、原稿を捲り、最初のページに視線を落とす彼女。
ふと、訪れた沈黙にその場に居られなくなって、彼女が小説を読み終えるまでどこかに消えていようと思い立って、彼女の部屋を出た。
向かう先はコンビニでも公園でもどこでも良かった。コンクリートの階段を降りていくと、上から五段目に一匹のセミがひっくり返っているのが見えた。
夏もそろそろ終わりに差し掛かっていた。ガリガリ君の棒を囓りながら部屋に戻ると、彼女はベッドの上でタオルケットに包まれて眠っていた。
床には脱ぎ捨てられたキャミソール、小さく丸まったピンクの下着、そして、なぜか、ダブルクリップで綴じたはずの原稿が散らばっていた。
何なんだよ、と呟きながら、床に散乱したA4の普通紙をかき集めた。一枚ずつ、ノンブルを確認しながらページの端を揃えていく。
ふわあ、と背後から呑気なあくびが聞こえる。ベッドを見ると、上半身を起こした彼女が両手を突き上げるように伸ばしていた。
「――どうだった?」
転がっていたダブルクリップを拾って、また原稿を綴じる。
「んっ、何だっけ?」
すっかり、僕の書いた小説のことなんて忘れているみたいだ。テーブルの上に原稿を置いて、ついでに落ちていたキャミソールと下着を手にしてベッドに投げる。
「悪くないと思うよ、でも、なんて言うか、もう一つ足りない、かな」
振り向いて彼女の顔を見る。
「何が足りない?」
「んっと、サムシング・スペシャルって言えばいいのかな?」
「……何か特別なもの、か」
「うん、そう、それよ、センス・オブ・ワンダー」
って、人の苦労も知らないで、どこかで適当に聞きかじったようなことを言いやがって、と思うけど――でも、何か特別なもの。それは一体なんだろう。
「それは、あなたしか書けない、何かよ」
クスクスと笑いながら、彼女は頭からすっぽりとキャミソールを通した。
僕もベッドに入って、彼女の身体を後ろから抱き締める。すべやかな肩に小鳥がついばむようなキスをして、右手で彼女の二の腕を軽くつまんだ。
「さ、もっと感想を聞かせて貰おうか」
ねじるように力を入れて、さらなる言葉を求める。
「だって、もし、私がこの子だったら、こんなに簡単にやらせないもん」
「そう?」
「大体、いくら山奥の綺麗な滝でも全裸じゃ泳がないよ。あと、夏服の高校生にも興味ないし」
服の下に両手を入れて小ぶりな乳房を包み込む。彼女が言葉を発するタイミングを見計らって、親指と人差し指で乳首をつまんで転がす。
「でもさ、誰かに覗かれたりすること想像したことない?」
「ないない、ないよ」
八月の空――開け放った窓には夏の初めに縁日の露店で買ったビードロの風鈴がぶら下がっていて、風もないのにチリンとどこか淋しげに鳴った。僕は本当に彼女のことを愛していたが、彼女はこの恋はひと夏限定だと割り切っているようだった。
「お風呂上がりとか、カーテン開けっ放しでも出てくることあるじゃん。ほら、向こうの団地からそっと覗いている男の子がいるかもしれないよ」
「えっ……あっ、んく」
右手を素早く彼女の内ももに忍ばせて、その奥に指先を伸ばす。温かく湿った、とろけるような肉の感触。
「隣に住んでるのは独身のサラリーマンでしょ。毎晩、君の甘ったるい声に眠れない夜を過ごしているのかもね」
「ちょっと、ダメだってば」
「ほら、想像してみなよ。花火大会に誘ってきたバイトの先輩も、きっと、この部屋でこういうことしたかったんじゃない」
「あん」
目をぎゅっとつぶって彼女はいやいやと激しく首を振った。中指はくちゅくちゅと音を立てて、第二関節まで濡らしていく。彼女は後ろ手で僕のシャツを掴んで引っ張ると、キスをせがむように振り返った。
「いやらしいね、君は――ほら、小説に描いた全裸の少女のこと、否定できないじゃない」
キスを拒んで、代わりに彼女の耳の側で囁いた。
原稿の束は、再び、僕の手を離れて冷たいフローリングの床に落ちた。
そして、僕たちは、小説そっちのけでまた愛しあう。
(了)
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(2001/10/01(月) 06:15)