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2009/11
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疲れるほどに好きなこと
疲れた。めっちゃ疲れた。

ちゃっちゃと、卒論終わりたい。マジで。

わたしも、たいがい、いちいち悩む人間やけど
ここまで、いちいち悩む人間が多い世の中、だいじょぶか?
と、突っ込みいれたくなってきた。

いや、でも、人間が悩みまくるのは
今に始まったことじゃないわけやし。

とにかく、自分の居場所ってやつが
とことん求められる社会なんやなーって思う。

そういった意味で、ネット社会は孤独を救う手段にもなっている。
マイナス要因はもちろんあるけれども。

私がこうやって、ブログ書くのも、自己承認欲求の一つやし。
(って、この表現、カツマさんも本で書いてたな、確か)

私の20代前後は、とにかく心理学に興味を抱いていたが
近頃、そんな自分にすらメスを入れて、つぶしにかかっている。

自分の中で社会闘争しているかんじ。

今は、そんな時期。

私が心理学に興味を抱いたとき
まだ日本ではそんなに大波ではなかったけど
今、すんごい人気やの。

しまいには、スピリチュアルとか魂とか
そんなんがやたら多いぞよ。

いや、もちろん、魂はあると思うし、神様もいると私は思うが
「私、スピリチュアルに興味があるんです」と言われると
スピリチュアルとは違った興味が、私ん中で生まれる。

この世は、大変おもしろい。

悩みを解決できる人と、そうでない人の違いってなんなんやろう。
いや、悩む人と悩まない人の違いって言った方がええのかなぁ。

どっちゃにしろ、「出逢うこと(人間に限らず)」がすべての始まりなんやけど。

そこで、どういう反応するかも、人それぞれやし。

わからないことだらけやの。

ただわかることは、
私って、とことん人間が好きなんやなぁ・・・ってこと。

そして、社会学という学問が、本当に面白くなってきた。
私には、まだまだ、やりたいない事がたくさんあるらしい。
頭の器がでかくならんかなぁ。
人間、ストレスがかかったとき
2つある「F」のどちらか一方の行動に出るって
心理カウンセラーの先生が言ってた。

①fight 戦う
②flight 逃げる

私の最大のストレスは、卒論。
でも、卒論そのものじゃなく
締切が間に合わないかもしれないというストレス。

なんやろ、思考力がまる一日もたない。
午前中のもっとも新鮮な時間を、卒論に使いたい。
夕方以降は、マジでアカン。
本を読むだけで精いっぱい。

私は、どうあがいても、夜に卒論ができない。
書いてても、ちっとも中身がない。
パソコン疲れだけして、翌日にひびく。
悪循環やーん。

戦いたい、けど戦う力が残ってない。
逃げたい、けど逃げたくない。

そんなかんじぢゃ〜。はふ〜。

そんな瀕死状態なのに、卒論以外の原稿も書いていた。
慶友会の会報に載せる原稿を。

でも400字って言われたから、ちっともしんどくないやって思って。
しかも、エッセイみたいに伸び伸び書けるし。
そう考えると、論文ってなんて面倒くさいんだろう。
ちっとも、自由に書かせてもらえない。

あと、2週間以内に、もう一つの原稿も仕上げないとイケナイ。
それは、心理カウンセラー講座の修了レポート3200字を。

昨日、ついに、心理カウンセラー講座を修了した。
先生が数人いるんやけど、私が出席するときによく出会う女の先生がいて
その先生とハグハグしてお礼を言って帰った。

来春ぐらいに、授賞式みたいなんがあるらしい。
大学の卒業も同時にしたいよぅ。

講座に通っているときに、”うつ病”と呼ばれる人とも出会った。
それは、自称ではなく、心療内科とか精神科とかで診断されて。

当てはまる症状をリストでチェックして、何個以上なら「ハイ、うつ病ね」って
それで薬渡せるんやから、病院はさぞかし稼げるだろうなぁ。

薬は、人を麻痺させるから、あまり投与しないほうがイイと思う。
治療目的のつもりが、薬がないと落ち着かないとかいう、麻薬症状みたいになるし。

私が愛用している
チョコだって、カフェインだって、麻薬的存在なわけやし。

これは私の妄想やけど、あらゆる意味で
環境適応力が足りない人間は、生きていきにくいのかもしれないな。

気軽に選んだ卒論のテーマを通じて
いろんなことを考え学ぶきっかけになったよ。

私がいろいろ探っているテーマは、恋愛とか結婚とかに付随している。
心理学講座に通った理由の一つも、カウンセラーの先生に
どんな悩みを抱えているクライアントさんがいるのかとか
なぜそういう悩みが発生してしまうのかとか
そういうのを知りたくて、首を突っ込んだわけである。ムフ。

社会学の視点で、心理学を見るっていうのは、なかなか不思議な体験だった。

ここで出会った先生や生徒さんたちとの会話は
私自身の助けにもなったし、卒論を飛び越えた学びにもなった。ありがたい。

きりよく、10月いっぱいで終えることができてめでたしめでたし。
また、再受講に顔出したいが、卒論が落ち着いたときかなぁ。
欲しいもの
もう一人の自分。

頭を交互に休ませて、24時間常にフル稼働してほしい。

最近、夢にまで卒論が出てくるねんけど。

うなされてへんかなぁ、ワタシ。

さっき、おばーちゃんに電話した。

元気やでーって言ってた。

季節型インフルエンザ予防接種を
「”インフルエンザの古いの”打ったで〜」
って言ってた。

おばーちゃんの表現は、いつも面白い。
思想構築の起源
今朝、おかーちゃんから電話がきた。

「おばーちゃんが、”元気してんのか?”って聞いてたから
ちゃんと連絡しときーやー」って。

おばーちゃんは、もう長生きさんやから
いつ何が起こってもおかしくない年齢である。

だから、そういうのも含めて、はやく卒業しないとイカンのだよ。

と、こうやって自分に言い聞かせてみた。

引き続き、電話で、おかーちゃんの仕事などの近況を聞いた。

あらゆる雑談は、たとえ一緒に住んでいても大切である。
いくら親子でも、相手が何しているかまでは、伝えないとわからないから。

家族という絆に甘えて、コミュニケーションをサボると、
いつか必ずツケがまわってくるのが、家族というものだ。
それぐらい、家族の愛情的絆なんて、実はもろい面をもっている。

家族の親密な愛情がうざいと思えるぐらいが、ちょうどいいかもしれない。

とはいえ、家族との会話は、どうしても後回しになってしまいがちなのも
この多忙なご時世、否めない。
だから、残業は減らしましょう!ということだ。
飲みたいなら、ハッピーアワーのときにして解散すればええやん。と思う。
(早く帰れるし、お金も安いし)

で、話は戻して、定期的に、おかーちゃんから電話がかかってくる。
私からかけたら、おかーちゃんは「娘に何か起こったのか?」と思うそうだ。
それだけ、おかーちゃんにとって、私はまだまだ子供なんだろう。

今朝の電話は、なかなか濃度のある会話だった。

おかーちゃんの仕事の話から、民主党の話までに至った。

うちの家は、私が小学生のころから
政治やら社会情勢やらの話が、家族団らんに出てくる、一見堅苦しい家だった。
うろ覚えだが、毎週日曜日は、いつもそうだったような気がする。
なんだか、それが自然体だった。

なのに、私の常識足らずは、なぜなんだろうか。
きっと、もともと能力がないんだろう。ウン。と開き直り。

で、思想というのは、実は、たぶん、誰にでもある。

その起源は、育った環境にある。
私の場合、たぶん親からの影響が大きい。
大人になった今でも、その意見に、おかしいと思わないのは
やっぱりそれだけ納得がいく考えを、おかーちゃんが、
日々、再構築して、持ち続けているからだろう。
(私のアホさ加減も差し引いて)

久しぶりの親子団らんに、そんなことを思い浮かべたのだった。
出会えてよかったと思う人
インフルの予防接種をした。
どうやら会社が負担してくれるそうだ。
ありがたい。

わが上司Bは
「体に異物を混入されるなんて気持ち悪い、ヤダ」
と言って受けないそうだ。

彼は、風邪ひきかけたら、薬飲まずに
風邪菌と、正面衝突で闘って
ひたすら汗かいて、半日で治すツワモノだから
できる技だと思う。

私みたいに、心身ともに弱っているときは
あらゆる菌と闘うパワーが、激減している。
インフルなんてもんは特に無理だ。
だから、専門家に身を任せるしかない。

上司Bには本当に感謝している。
こんな、親切で優しい人間にはめったに出会えない。
そう思えるぐらい。

とにかく、私の今の現状に深い理解を示してくれている。
自己都合にも関わらず。
会社規定に縛られず、私を自由にさせてくれる。

ランチごちってくれたり、お菓子くれたり
そういう親切な人にも、数々出会ったが
わが上司Bのようなタイプには初めて出会った。

彼は、そういったあらゆるゴチは、一切しない。
しかし、私の学業には、全面的にバックアップしてくれている。
それは何かというと、暇なとき、「私の時間(つまり勉強する時間)」をくれることだ。
私にとって、何が一番必要なのかを、よくわかってくれているのだろう。

こんなありがたいことが、あっていいのだろうか。
協力してくれる上司Bのためにも、ちゃんと卒業しなければ、と思う。

約2年間、一緒に過ごしているが、ますます磨きがかかっている人だと思う。

会社が赤字で、とにかく人員削減している最中
エライさんたちには、大きなしわ寄せはやって来ない。

出張の人数を減らせ!という指令に、辺りが四苦八苦している最中
エライさんたちの中には、100万以上するファーストクラスを
悠々と経費で使う人も少なくない。それが、会社の規定だから。

上司Bの場合だと、ビジネスクラスを使うことが規定となっている。
しかし、彼は「オレ、エコノミーでいい、そしたら人増やせるし」と。
自分がエコノミーを使うことで、他の人にもエコノミー利用を呼びかけようとしている。
ちなみに、10時間以上に渡る長いフライトである。

当り前なのかもしれないが、私はこのプチ改革に感動した。

管理職になって、鼻高々になっていく人もいる中
上司Bは、だんだん腰が低くなっているように思える。

この人に出会えて本当によかった。
変動する体、停滞する卒論
年に一度の健康診断を受けた。

きっとこれからもっと自分は不健康になるだろうと予測して
再検査とかなったら面倒くさいから、今のうちに受診した。

そしたら、去年に比べて体重が5キロ減っていた。

近頃、運動はちっともしていないし
毎日お菓子を500キロカロリー以上摂取しているし
不規則極まりない生活してるのに、なぜか減っていた。

しかし、悲しいことに服のサイズは変わってない。

筋肉が落ちただけなんかも。うげげ。

自分の体重が、こんな簡単に落ちるとは
知らなかったぜ、ベイベー。

お肉とお酒抜きの、質素生活をすれば、すぐに落ちるらしい。
自分の体で実験した結果より。

でも、おババになってきたら
体重よりも体型に気をつかわないとイケナイしなぁ。
そうなると、鍛えないとイカンしなぁ。

今は、面倒くさいから、パスじゃ、パス。

せや、インフルエンザの予防接種受けたほうがよさそうかなぁ。
新型はムリやから、もちろん旧型やけど。

お菓子ばっか食べてるし、栄養あるもん食べてへんし
運動してへんし、免疫力低下してそうやん。

我が家では、毎年必ず誰かがインフルにかかるから。

効果あるんかわからんけど、なんとなく気やすめにはなる。
今年、インフルになってる暇は、マジでない。
アカン
夕方、うち帰ったら寝てまう。

体力はそうでもないけど精神的に疲れてるんやろうか。
卒論プレッシャー疲れ?!

それなら悪循環やん!

あ〜、やばすぎるなんてもんじゃない。

たぶん、なんでそんなに進まへんの?
ってみんな思ってることやろう。

これが通信生の弱点や。

講義やゼミを受けているなら、ティーチングしてくれる人がいるから
一冊の参考書だって、ひとつの時代背景だって
たった90分でポイントを効率よく理解できやすい。

けど、全部自分で調べて学ぶという作業をすると
どうしてもノロノロペースでしか理解できない。

講義を受けていないって、こういうときに苦労する。

いや、ほんま、改めて通信のしんどさを身にしみる。

頼むから、もっとわかりやすい文章書いてくれ、学者さんたちよ。

では仕事行ってきます。
ネバーギブアップ
逃避から戻ってまいった。
ちょびっとずつだが、再度卒論に着手。

躓いて進まないと、す〜ぐ逃げちゃう私。

データ取って分析してハイ終わり!ってな卒論じゃないから
何度も読んでは考えて・・・のくり返し。。。
理解していないことは、やはり書けない。
なんでこんなに理解力が足りないんやろか。

レポートや試験ならまる写しや暗記でいけたけど
卒論の場合、わからんまま書くことが苦しい。
今まで真面目にやってないのがバレバレだわぃ。

おそるべし社会学。

っていうか、たぶん、範囲が広すぎたのが失敗の始まり。
けど、どうしてもやりたかったんやもん。

間に合うかどうか、マジでわからん。
しかし、あきらめてはいない。

何かを学んで得てモノにするということは
時間がとってもかかるのだ。

苦しい、けど楽しくもあるからやっていられる。

やっぱり、マイペースでいよう。
一歩一歩だが、ゴールには近づいているから。
足りない
人間の人生なんてあっちゅーま間だ。

近頃、本気でそう思うことがある。

東京にいるせいなのか、人間の一生涯なんて
海ん中にいるミジンコよりちっちゃいと思うようになってきた。

だから、人生は楽しまないとイカン。

ちゅーことで、今日のランチはお寿司にしたのだ。
はっはっは〜。

なんか、卒論から逃避したくなってきた。
というか、ただいま逃避中。

8単位にしては重すぎる。

たぶん、時間がかかることを、無理やり短縮授業でやってるかんじがする。

卒論の神よ、どうか降りてきてくださいまし。

なんだか今、芸術家の気分。
勝間和代さん×香山リカさん 激論2時間
どっちも目指す目的は同じだと思うんだよね。
「自分も幸せ、他人も幸せ」はどうすれば実現するのかってところが。

私のイメージでは
勝間さんは上から球をたくさん降らす人
香山さんは下でこぼれ球を受け取る人
そんなかんじ。

対談の中で勝間さんは
「努力は簡単なんです。努力しさえすればいいのですから。
 何のための努力かとか、そもそもこの努力って必要なの?
 と問いかける方が大事なのに。」
と述べている。

この部分が、カツマーの一部の人には伝わっていないのかもしれない。

カツマーやら、なんとかラーとかそういうカリスマ的存在に惹かれる人たちは
占いに走る乙女と思考回路はそんなに変わらないのではないか、と思うときがある。
つまり、不安を誰かの指示よって解消してもらおうとするあまりか
どっぷり対象に浸かってしまい、なんでも信じて真似てしまう点が。

でもこれは、政治や教育という観点で捉えた場合、一概に失敗とは言えない。
なぜなら、それによって生産的活動につながっているかもしれないから。

しかし、本人にとって、それが本当の幸せの道なのかどうか
そういうところに、香山さんは視点を置いているように思う。
現に、そのレールの脱落者が「うつ状態」に陥っているのだから。
社会的立場はちっとも悪くないのにもかかわらず。

香山さんは、自分を「空費70%の人間」と述べ
自ら、空費しても悩まない、むしろ楽しめるタイプだと主張している。
勝間さんは、「空費を楽しめるならそれでいい」と考えるが
カツマーと呼ばれる一部の人たちは、空費して悩むタイプにあると思われる。

勝間本は、幸せへの道しるべとして大いに役立つ。
しかし、勝間さんの言わんとしている本質に目を向けない一部の人たちは
表面的なツールだけに目を向け(実際、ハウツー本だしね)
頑張り至上主義として解釈しているのでは、と思う。
そして、それを鵜呑みに励む人たちは、利己的にも利他的にも活動していない。
単なる、考えないマシーンのよう。

勝間さんは、多くの人々が利他的行動にたどりつけるために
政治の支えや教育の力が大切だと言っている。
しかし、カツマーは、果たしてそこまで考えているのだろうか。

多くの女性は、結婚して出産してでも仕事も充実していて
という単なる、「女・妻・母」の3点セットが欲しいがために
必死になって努力しているような気がしてならないときがある。

その反面、独身で子供もいない低所得の女性が
身近な人々に、小さな思いやりを分け与えているときがある。
彼女たちは、決して勝間本を参考になんてしない。

貴族になろうとするあまり、自分も他人も幸せにできないくらいなら
ワーキングプアーのままでも、自他共に思いやれる力を身につけさせる方が
利他的行動の普及につながるのではないかと考えたりもする。

しかし、これは、マザー・テレサ的思想へとつながり
「お金を稼いで幸せに」というところから大いに外れる。

私が思うのは、とにかく日本社会、そして資本主義の世界で生き抜いていくには
やはり、最低限の収入が必要だということ。

でも、最低限の収入レベルって、どこなんだろう。
みんな上ばっかり見て、最低限の基準が人それぞれ。
「ある」のに「ない」と叫ぶ人もいる。
それに、本当にインディの本に書かれてあった600万も要るのだろうか。

私が思う、今必要なのことは、自分にあった”靴”を探すことなんだと思う。
それが波及していくと、全体の幸福へとつながるのではないだろうか。

勝間さんも香山さんも、そういうことを言いたいのではないかと思う。
目指すとこは、どちらも同じ。
そんな風に思えた対談だった。
プロフィール

まめころ

  • Author:まめころ
  • チョコレートなしでは生きられない。
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